中華丼や天津飯は、浅草来々軒の賄い料理?
更新日:2019/11/04
中華丼や天津飯、エビチリや冷やし中華は、日本発祥の中華料理だという。
中華丼や天津飯は、中華料理店のまかない料理が発祥だと言われているが、ハッキリしたことはよく分かっていない。
ただ、昭和初頭にはもう、食べ物雑誌や文豪達のエッセイに中華丼は登場している。
それによると、浅草にある「来々軒(らいらいけん)」のメニューに、中華丼や天津飯が載っていたらしい。
浅草の来々軒と言えば、東京ラーメンと呼ばれる醤油ラーメンの発祥の店とされている老舗の中華料理店だ。
来々軒は、明治末期に、横浜の南京街から広東料理の料理人を浅草に招いてオープンした中華料理店で、ワンタンや焼売をメニューとして初めて出した店らしい。
来々軒では、広東料理を日本人の口に合うように調整して、数々の人気メニューを作ったらしい。
浅草来々軒は三代続いたが、昭和51年に廃業し、今はもう存在しないため、詳しいことは分からないようだ。
広告
陳建民が広めたエビチリ、回鍋肉、麻婆豆腐、担々麺
エビチリは四川料理の「乾燒蝦仁」(カンシャオシャーレン)を元に作られた料理だ。
戦後、日本に渡ってきた四川料理人の陳建民(チン・ケンミン)氏が、日本人の口に合う家庭料理として、ケチャップやスープの素で作るレシピを作り上げたという。
陳建民は、エビチリの他、回鍋肉や麻婆豆腐、担々麺などを日本人向けにアレンジして売り出した。
そして家庭でも四川風中華料理を作れるようにと、そのレシピまでテレビ等で公開した。
そのため、日本全国の町中華でも、四川風中華料理がメニューに載るようになった。
日本全国津々浦々の町中華でも、豆板醤の効いた四川風料理が食べられるのは、陳建民さんのおかげだね。
冷やし中華は、神田神保町発祥の中華料理?
冷やし中華も、日本発祥の中華料理だという。
中国では、冷たい食べ物は身体を冷やすとして避けられるので、冷やした麺を食べること自体、珍しいらしい。
一方、日本では昔から素麺やざるそばなど、茹でた麺を冷水で締めて食べる文化があった。
そのため、売上げが落ちる夏の時期に、中華料理店でも中華麺を茹でて冷水で締めた冷やし中華をメニューに加えたらしい。
冷やし中華のルーツの一つは、東京の神田神保町(じんぼうちょう)にある揚子江菜館の「五色涼拌麺」だ。
揚子江菜館の2代目店主は、上海料理の「涼拌麺」をヒントに、5種類の細切りの具を冷やした中華麺の側面に並べて、富士山のように盛った冷やし中華を売り出した。
冷やし中華のオリジンとしては、仙台の龍亭(りゅうてい)も挙げられるが、チャーシューやハム、キュウリやなどの具を細切りにしたのは、こちらの方がオリジナルのようだ。
揚子江菜館は私も店の前を通ったことがあるが、神保町の古書街通りの一筋南側の通りにある中華料理店で、そんなに大きなお店でもない。
現在は5階建ての細長いビルで、こんなお店から、冷やし中華が誕生したのかと思うと、趣深かった。